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ロングイヤービエン5日目②

6月5日

カイラシュサティアティさんについて、ご存じでしょうか。(過去のブログ)
2014年受賞者で、翌年オスロのノーベル平和賞ミュージアムに 常設していたのを見たので印象に残っている。(日本は会見ラッシュの年だったみたい。)

カイラシュさんは今年に入ってからも色々とあったようだが、ここ最近は新型ウィルスで奔走している。
それもそのはず、彼の母国インドは、今やアジアで一番感染者が多い国になってしまったのだから。(海外では岩手の軌跡が称賛されているみたい。)

PM謝罪の方が早かったが、同じ時期カイラシュさんも PMへの書簡で児童労働者の保護を訴えた。
私があれと思ったのは、彼らの解放と帰還を促すために活動してきたのではないか これでは反対なのではないか、といった点からだ。

日本では報道されていないが、きっかけは職を失った少女が、何百キロと歩くうちに息絶えたという事件があった。
彼女は、一夜にして職を失った何百万人の児童労働者の一人として 故郷に戻る途中だったが、飲まず食わずではもたなかったようだ。
都市部の経営者たちは既に安全な場所に身をおき、皮肉にも児童労働者はこのような形で解放されてしまったが、経営者たちも終息後に 新たな児童労働者をかき集めればいいだけだと思っている。
子供たちにしても、職がないというより食がないのでは生きていけないので、地方への大行列に加わるしかない。

どの世界においても一番弱いところはわかっているし、インド最貧層に順番などまわってくるはずもない事もわかっている。
カイラシュさんにしても、児童労働と生命線を天秤にかける日がくるなど、想像だにしていなかっただろう。
今インドは更なるカオスの渦中にあり、インドの寝息を感じることができる、あの長距離列車3等ですら上の階級のものだし、研究者が自ら製造した治療薬によって命を落としている。
インドは出口すら想像できない中にあるが、ふとした時その良心を垣間見ることもある。

今日私は、島に来る前に泊まったオスロ空港のホステルに泊まる。
周りには何もないし 市内の方が何かと便利だが、市内までの交通費が高いのでやめて、明日レイルパスを使って 一気にストックホルムまで行き、この間にノルウェーからスウェーデンの国境もこえる。

ロングイヤービエンキャンプ場ともお別れで、テントをしまう。
すると昨夜やってきたフィンランド人のおばさんが声をかけてきて、本当にしつこくボートツアーについて質問してきた。
とにかくノルジャンの受託荷物の重量は厳格すぎて、シャレにならないのでグラム単位で落とし込むしかなく、こっちも必死な時を狙ってきた。(草)
失敗したら? 超過払うだけです、はい。

しばらくすると、フランスがやってきた。
「もう行くの?」テント設営撤収は彼の業務なのだろうが、私はほっといても大丈夫だとわかっているので、少し話をして「世話になった。達者でな。ありがとう。」と別れた。

それでもフィンおばさんはしつこくて、私に対する質問から フィンランド紹介に話が変わっていった。(わざと。)
とにかく高速船ツアーに関しても話していないし フィンランドに行く事も誰にも話していなかったし、このフィン人おばさん達とも一言も話したことがなかった。
まるで邪魔するようにやってきて、おかげでワイヤーロックキーを落としたので 返してほしいくらいだ。

邪魔なフィン人を無視する訓練をして、小屋に入るとフィン人同士かたまって私は解放され、トイレに行くと例のドイツ女がニタニタといて 出ると別のドイツ人が股間の下着を直していて 出口でスタッフのドイツ人女がフランスと話をしていた。
ドイツに関わると、最後嫌な思いをするという事を 長年修行で学んでいるので、相手せず全員無視した。

私は外においた40㎏超えのバックパックを前後に担ぎ、急こう配の土手を登って空港に向かった。

lgybyn52.jpg
ラグーン側標識 (ある意味注意喚起)
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2015北欧 | 12:46:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
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