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ビリニュス3日目(カウナス)⑤リトアニア

4月20日エアポ-トホテル泊

今回の旅の中で触れるなどと考えにも及ばなかったが 最初にひとつ書いておこう。

私は数年前 イスラエル パレスチナ その周辺諸国を旅したことがある。
個人で旅行できる範囲であったにも関わらず 様々な事柄について知り探求するきっかけになった。
とにかくエルサレムでなくても嘆きたくなる所はあるし どこも良い思い出や嫌な出来事はあった。

カウナス行きのバスを見つけ慌てて飛び乗った。
1時間半ほどでカウナスのバス停に着き おしゃべりに夢中なインフォメのおばちゃんに帰りのバスの確認をしておいた。

下調べのメモを頼りに高台の住宅地にやってきて 途中郵便配達の女性に道を尋ねるほど普通の住宅地で 本当にあるのかなぁと少し疑ったが 庭の桜の木と外壁の金色のプレートが見えた。

〝杉原千畝記念館〟

インターフォンを鳴らすと係の男性が出てきた。
入場料を支払い 最初に15分程のビデオを見て 館内の展示や当時の執務室を見るという流れになっている。

すでにビデオ開始5分あたりから泣きそうになってきた。 
2200もの家族にビザが発効された事 杉原千畝にとって壮絶な苦悩と葛藤と決断があった事 次の派遣先に向かう電車でもビザを発効していた事。

ビザによって命が救われた家族のパネルが展示されてあり事の大きさを知った。
私が聞いた無知な質問でさえ係員の男性は聡明な答えで お互い理解できましたねと微笑んでいる。
私も悪い気はしないし 平和とはこんな事なのかもしれない。

執務室に入ると大きな日の丸と机が目に入ってくる。
さすがに戦後70年も経っているから古めかしさはあるけど とにかく状態が良く全てのビザの書類がきちんと保管されているのに驚いた。

募金箱や販売されている記念品の見本があり 少額の募金と記帳をした。
募金や寄付で今でも記念館が運営され 今日も何組かの日本人の名前が記帳してあった。

私は挨拶をし外の桜の木を眺めた。
花こそ咲いてないが よく見ると小さなつぼみから少しピンク色がのぞいていて あと何週間くらいしたら咲くのだろうか。

帰り道ここにユダヤ人達が来たかと思うと 何ともやるせない気持ちになった。 
以前ビザの確認のため何度か移民局に行ったことがあったなと思い出したからかもしれない。

ここはリトアニアなんだ。

私は今年カウナス記念館を訪れてよかったと思う。 
目先の事を都合のいい様に何とでも言えるけど 目の当たりにした現実をどのくらいの覚悟をもって向け合えるのかということが リアルに伝わってきたからだ。
そういった意味でも杉原千畝に追いつき追い越す人が実際いるかどうかということだ。

日本人にとって リトアニアもユダヤ人も身近でないし 日本にいれば今年の干支何だったかなとか 旅行先に何を考慮しようかなといったことくらいなもので 杉原千畝がイスラエルで受賞するまでを辿れば どういうことかがわかった。

大切なのは杉原千畝にとって 一緒にすごした家族 カウナス記念館を支えている人達 最後まで一緒にビザを発効し品々を保管していたリトアニア人の秘書 相談や助言をしたオランダ人 次の派遣先に向かう電車に護衛として乗り込んだユダヤ人達  記念館がある生まれ故郷  イスラエルで功績を称えた人達ではないか。

最後に一つ付加えておこう。
杉原千畝がカウナスで過ごした時代と今とでは全く変わってしまった。 それでも彼が今生きていたならどう過ごすかがわかる。


sugihara.jpg
カウナス杉原千畝記念館

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