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おきらく49

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5月30日

その年の受賞者展示の階上に、過去の受賞者の展示がある。
ちょうど階段の所に機械の箱があり 証明写真の要領で撮ってみると、何だかモノクロのボケボケ写真が出てきて プリクラ的なものだと思うが、「貴方も将来ノーベル平和賞とれるかもね。」みたいな文言が書かれてあった。(謎)
しかも数分後に、平和賞受賞者にはなれないと気づかされることになる。

私が知っている過去の受賞者は、ルーサーキング ビリーブラント アウンサンスーチー バラクオバマ アラファト ラビン ネルソンマンデラ ダライラマ ワンガリ 金大中、日本人は佐藤栄作。
児童文庫に並んでいてもおかしくない人々だ。
歴史的にも貴重なので、ウェブサイトなので他の受賞者についても知ってもらいたい。

ひょっとしたら今変わっているかもしれないが、授賞式後の晩さん会が 過去に一度だけ開催されなかった年があり、受賞者のマザーテレサが その費用を恵まれない人々に 役立ててくださいと辞退したそうで、後日カルカタの施設で 少し豪勢な食事が振舞われたと、あいまいに私は記憶している。

突然、後ろから蹴られたので振り返ると、ブロンドのおばさんが ものすごい形相で睨みつけてきた。 
私が「何?」と聞くと、金髪おばさんは見下すように「フランス語ペラペラ」と言ってきて、その雰囲気から(別に。展示見ているだけじゃない。) と見受けたので、フランス人でも日本人でもない受賞者の説明を、ぼーっと見た。

他に受賞者の展示はいくらでもあるのに、よほど私が気に入らないのか いつもそうして排除しているのか知らないが、二人羽織状態で 見ず知らずのフランス人に 怒りを買わなければならないのか。
しかもドイツ人なら「またお前らか。」と思うが(笑)、フランス人って。
その時、私は平和賞受賞なんて無理だと思った。
ただ「何?」と言ったきりで、説明を読んで さっさとその場を立ち去っただけだったからだ。

もし受賞者なら、「あなたフランス人?どうして蹴ってくるのですか?ここが平和賞センターですよ。トリコロールの意味は?フランスの似た様な機関の意義はあるのか?平和を御存じ?」と、この先何十年も問い続けなければならない。

何だかややこしそうなおばさんなので、関わりたくないし まだ行くところもあるので構っていられないが、この終盤での珍事が、今まで思い描いていた私の平和の定義を変えてしまった。

平和とは、本当にギスギスしたものなのだ。

世界広しと言えども、平和 愛 自由などについて 肯定的に捉えている集合体(大雑把)がほとんどで、標語や目標にしたり 一年の抱負 ジェスチャーサインなんかを なんとなく使っている。

実際は、どの立場に立つか 優劣で図られたり 忘れられたりしている現実を、平和だと言っていることもある。
そこで、平和賞受賞者たちは長い年月をかけて声なき声を伝えて、それをノーベル平和賞が埋没しない様に提示し続けているのだ。

ノーベル平和賞について言うと、ストックホルムは 夢があり経済効果もあり 明るい印象だが、オスロは 多くの問題があり解決が困難であり、今回の受賞者は違うが、その国では受賞者を知らないという国もあるのではないかと思う。
現に、アジア人の団体客は全くいなかった。

そんな特性から、ストックホルムだけでいいと思っている人々もいる訳で、(平和を肯定的に受け止めている通念上、)「オスロは必要ないと言われている。」と一般論で言う人々もいるが、それなら別の賞でもいいだろうと思う。

北欧は最北の島まで炭鉱があり、鉱物資源は貴重な収入源だった。
ダイナマイト開発のノーベルさんは、ストックホルムでノーベル賞を受賞した。
その後兵器禁止を訴えた人達が、オスロでノーベル賞を受賞した。
やれストックホルムだ、やれオスロだと言うのは勝手だが、人間を軽く見てはいけないと思う。


peacecentere4.jpg
過去の受賞者

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テーマ:ちょっとおでかけ - ジャンル:旅行

5月29日

私、こう思うのです。
まだオーレスンに滞在している緑毛のドイツ人が、釣りをするのです。
そして今朝ベルゲンに発ったドイツ女は、明日(アンダルスネスユース)の仕込みを既にしてあります。(昨日の副音声)
後はアジア人がまんまと引っかかって、SNSで盛り上がるだけなのです。(無駄な時間です。)
たった一晩宿が一緒だっただけなのに、念には念を入れるあたりなどは、さすがドイツ人です。
でも、ドイツ人にとっては ほんのお遊び程度なのです。 もし本気ならば、この程度ですまされません。(マジマンジっ。)
***

オーレスンユースホステルの難点は、チェックアウト後の荷物預かりです。
チェックアウトの時に荷物を持って出るか、スタッフが居そうなチェックイン時間に戻って 荷物を受け取るかしかできません。
確かにデンマークでも昼間クローズする宿はありましたが、駅のロッカーが充実していたので心配はなさそうでした。
オーレスンのバスターミナルにもコインロッカーがあったかもしれませんが、空いているとは限りません。

ちょっとバスツアーに参加するとか、なんか食べるとかするくらいなら、40kgの大荷物(汗)を持っていけますが、坂道の多い街で さすがに展望台までは無理無理。
そこで私は、受付のおじさんにバスの出発時間を伝え荷物預かりを頼みました。
本当は1時間前に取りに来たかったのですが、30分前にしてくれと言われました。
それから街での過ごし方は昨日更新した通りです。

では、緑毛の釣りを見てみましょう。
ちょうど散策をしていた時、緑毛に出会いました。
「ここで何をしているの?」と声をかけられ、「今ちょっとアレで。」と答えると「私はこっちに行くけど、あなたはどこ行くの?」「今からアレだから。」と答えました。
さらに「私は今からこっちに行くけど、あなたは?」とやる気に満ち溢れ、私が行っていた方向と違う方向だったので、うっかり釣られそうで危うかったです。

それから、バスが出発する小一時間前に宿に戻りました。
もちろん受付は閉まっていて、玄関ホールで待つことにしました。
クリーナーの女が時々ぶつかってきますが、荷物をピックアップしたいとは言いませんでした。
彼女は最初から好意的ではなく、昨日も受付で一泊分の荷物を分けていたら、これ見よがしに古いPCを盗まれない様にもって出て行ったので、今日も疑ったうえでの対応だと思います。

そんな感じのタイミングで、緑毛が宿に戻ってきました。
「あなたはここで何をしているの?」「もうちょっとしたらアレだから。」と答えます。
彼女は部屋に戻り、やはり直ぐに戻ってきました。「フロアの鍵が開かないの、どうしよう。」
私はチェックアウトしている為、中には入れないので 鍵の使い方を説明すると、ドイツは「やってみる。」と言って降りていきましたが、今までどうしてたって話です。

もちろん緑毛はすぐに戻ってきて「やっぱりだめだった。どうしよう、トイレに行きたい。」とアジア人の親切心にたたみかけてきます。追い込み漁です。
一瞬、私もトイレ行きたいと言ってしまいたいところでしたが、ここで先に行ったスーパーの有料トイレが、有効に作用しました。

私はしばらく鍵の使い方を言っていましたが、ひょっとしたらベルゲンに発ったドイツ女が鍵の開閉をしていて、緑毛は本当に知らないのかもしれません。
そうなると四六時中一緒に行動していたこととなり、昨日宿で出会ったばかりのあかの他人設定に矛盾が生じます。

しばらくして敵意のクリーナーが登板してきました。
私は「彼女に鍵の使い方を教えてあげて。」と言って、二人は地階に降りていきましたが、もちろん中には入れないわよと言わんばかりに睨みつけて行きました。
緑毛にひょこひょこついていって うっかりトイレなど使っているのをクリーナーに見つかっていたら、一本釣りで吊るし上げにあっていたでしょう。

緑毛の釣りは失敗に終わりましたが、展望台でのスペイン紛争の話をしたら、ドイツ達は大喜びしたに違いありません。
オーレスンは、只々疲れただけでした。

alesund5.jpg
アディオス オーレスン


5月29日

お待たせいたしました。
レッツ、フィッシング!のお時間がやってまいりました。
併せて、副音声の釣られてはなりませぬぞ!をお楽しみください。
***

フロムを発ってから、各所1泊という感じで旅を続けています。
午前/午後のいずれかで移動し、午前/午後のどちらかで観光や翌日の準備などをしなければいけません。
ノルウェーでのテント泊や物価高のおかげで、シャワーや自炊用食材の調達なども結構重要になってきます。
6日ぶりにテント泊から抜け出したと言えば、その意味がおわかりになるでしょう。
それよりも、糊のかかった白いシーツの方が感動的でした。

同室のドイツ人は相変わらずソファーで過ごしていますが、朝の定番今日の予定について、お互い話をします。
彼女たちはベルゲンに行くと言い、私とは逆ルートで南下するそうです。
今朝ドイツと話して気づいたのは、昨日と言っていることが全く違う事がいくつかあり、私は嫌悪感と猜疑心を持つようになったのです。

特に、大人しい緑毛の方のシラバクレ具合が異常でした。
同郷の話や共通の友人について話は聞いていましたが、今朝は全くの他人だというのです。
(副音声)部屋は彼女達共通のもので埋め尽くされています。

なんだかラリッてる方は、ベルゲンに向けて今朝発つらしく準備中でした。
私が今日アンダルスネスに行くというと、ドイツ女は2、3日前に同じ宿に泊まったと言って カメラのモニターを見せてきました。
電源を入れた瞬間、アンダルスネスの写真が流れるように見られたので、オーレスンでは一枚もとっていないのかと すごく気になって仕方ありませんでした。
(副音声)確かに二人ともオーレスンの観光の話は一切していませんでした。(アジア人がバスルームに行くたび盛り上がっていましたが。)

ドイツ女は、アンダルスネスユースのオーナーとの夕食は楽しかったそうで、何枚か写真を見せてくれました。
それから、特に勧めてきたのが地元のレストランです。そこのケーキと飲み物がものすごく美味しいといって激推しでした。

(副音声)私がユースに到着した時、宿にはだれもいませんでした。
オーナーに電話すると来るとはいったままで現れず、夕方草刈りをしていた男性が もう帰宅するから支払いだけすませてくれと言ってきただけです。
もちろん夕食会もなければ、ドイツ女が撮ったのはオーナーだったのかは定かではありません。
それからレストランは、私が行った時には閉まっていました。
オーレスン発のバスが到着する時間に閉店した様です。

唯一、本当だったのはドイツ女がアンダルスネスユースに泊まったということだけでした。
私はアンダルスネスに到着してから、ドイツ人を再認識するという、若くてもドイツ人はドイツ人なのだと改めて実感したのです。

(続きます。)

alesund4.jpg
ディスプレイで溢れかえる。


今年は、お世話になりありがとうございました。

来年も時々ブログを更新しますので、引き続きどうぞよろしくお願いします。

では、よいお年をお迎えくださいませ。


flowers.jpg
あっという間に一年。


2017年、明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


birds_20170111152925206.jpg


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