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正確には貧乏な日本人ですから。(アレクサンドリア)

エジプトを旅行しているとき…


ある電気屋さんで ¨JAPAN¨という名前の 中国製冷蔵庫を 見かけた。〔CHINAでしょ。〕


露店商のおじさんは 荷台に並べてある肌着を指差し 中国の靴下の~びぃの~びぃと言い、 また帰りに通ると シャツの~びぃの~びぃと言い 自ら営業妨害をする。 〔ですから日本人です。〕


アレクサンドリアの観光局で 博物館のニセ情報のおかげで 言った先で口論になる。 パスポートを取り上げられ 男達に「お前イスラエル人だろ?」と因縁をつけられ、「イスラエル人とは何だ。そこのハゲお前こそイスラエル人だろう」と言い返す。警官が間に入り タクシーに乗せてくれた。〔けしからん日本人だ。〕


博物館料金は2種類。 観光客はエジプト人の6倍だったので ダメもとで「エジプト人1枚」と言ってみた。 仲間を呼んで大うけされたが まけてくれなかった。 〔貧乏ではどう?〕


いまだに 日本人で独身というだけで マタタビ猫の様になる輩もいて …間違いなく裏がある。 〔貧乏な方の日本人ですから。〕



これから いろんな国を訪問し いろんな事を知るだろう。 もちろん 日本人のステレオタイプで 見られることも多いだろう。


今一度 言っておこう。 正確には 貧乏な日本人ですから。


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注文の多い料理店のような。(カイロ)

カイロにある 考古学博物館に 行った。

ツタンカーメンのマスクは 美しく 思っていたより大きく感じ、 黄泉の世界がイキイキとし、 小指ほどのフィギアに きゅんっとした。 

素人でも これほど感動するのだから 考古学ファンにとっては たまらないに違いない。


その後 ギザに1泊し ピラミッドに 行った。〔宿のご主人にはお世話になった〕

スフィンクスの前では 観光客がキスしている風写真を撮ろうと 賑わっていた。 ピラミッドの一段分の石が こんなに大きいとは… 内部は狭く 撮影禁止〔お墓だし〕

日没と朝日 一つづつのピラミッドに 日が当たっていくのを見て 方位に正確な建造物である事に 気づかされる。〔おぉ~〕

ここまでが 一般的なツアー観光客の感想だ。


私の場合 カイロでツアーを申込に行き 一時間後 オプションをつけまくられ 予算の3倍に。 シブると 3日ナイル川クルーズをタダにすると いいやがった 言ったので ひとりでまわる事にした。

ギザで洗礼を受ける。

KF○のレジの女に つり銭をちょろまかされ怒り、 ゛FOR SALE゛の家の屋上で 写真を撮っていると 女達が金を出せと 私のかばんの中には数本の腕が入っている〔財布なかった〕。 通りでは一日中見ていたという男が声をかけてくる。 ピラミッド敷地内にも かなりややこしいのがいる。

たいがいやり過ぎで さながら〔注文の多い料理店〕の話のようなものである。 もちろん 逃げられるか 否かは その人の運だ。〔笑〕 

しかし 彼らの居住区には 〔注文の多い料理店〕どころか 外国人が一人もいなく、 あらためて〔外部〕でのみ やりたい放題だということに 気づかされた。

ただ ここほど世界各国から 観光客がやってくるところはないだけに どっちが見られているのかという話で、

それを エジプト人としてとるか アラブ人としてとるか イスラムとしてとるかは 私の知ったことではない。


夜 ピザハッ○で おまけしてもらった大きなピザを食べながら ホテルのベランダで ピラミッドのライトアップショーを観る。

かなり濃い一日だったが ピラミッドパワーのおかげで 元気がありあまっていた。

ようやく 旅が 始まったのだ。 


piramid

失敗ルート(ヨルダン~エジプト国境越え)

アカバから フェリーで エジプトに渡る。


船上で入国審査があり いったんパスポートを預けて 着いてからビザを取得した。


ここからカイロまで10時間 … えっ!?ちょっと… もう一度聞いてみよう… 10時間って。


アカバ〔国境〕まで2時間ちょっと。 フェリーで1時間半〔国境越え〕。 〔越えてから〕カイロまで10時間。 夜中2時ごろになる。 大丈夫かなぁ??


男だけのバスに乗り 途中休憩しながら カイロにむかう。


夜ご飯で 立ち寄ったレストランは 薄暗く モヤがかっている。 忙しそうに動くウェイターと 天井のファンと 絨毯でお祈りをする姿だけが 動的な感じがする 不思議な空間で なんか夢見てるような感じだった。


カイロに着くと 客ひきのタクシー運ちゃん達に取り囲まれ 訳がわからなかった。


2時すぎ ようやく今夜の宿が決まり それから 自称魅力的な エジプトツアのセールストークに つき合わされ 4時ごろリリースされた。


朝7時すぎにホテルを出てから 21時間。 何の感動もなく しょうもなっと 呟いた。


cairo

 

食べて、祈って...(ぺトラにて)

… がっつり食べて。


ぺトラでは タクシーのお兄ちゃんの家で 夕飯をご馳走になる。 一般的なイスラムの家族で 小さな子供たちもいる3世代だ。


お米 野菜 鶏肉 スイカも すごくおいしくて、 砂漠で 日照りで 技術お金かけてなさそうなのに すごいなと関心した。〔日本には 多くの技術施設があるのに 天候で野菜の値段が 大きく変わる。不思議だ。〕


子供たちやお母さんたちと のんびり過ごし お祈りの時間が始まる頃 おいとました。


さて 次は どこに行こうか… 死海や紅海は イスラエルで行ってるし ホテルやレストランが 意外と高いので 国境を越えることにした。


ぺトラから 南下すれば エジプト。 北上すれば レバノン シリア イラク経由で トルコ。


実際 エジプトから トルコまで 旅行する人は 多い。〔エジプトうけは良くなかった。〕


結局 エジプトに行く事にした。 北上となれば 来た道を また引き返すことになるので それが嫌だったからだ。


次回 トルコから インドまで つないでみるか。 それも悪くない。


suiro


百聞は一見にしかず(ぺトラ)

ヨルダンに来た目的は ぺトラ遺跡を 見る事。


アンマンから ぺトラ遺跡まで ジェットバスで 向かう。


砂漠なので 目新しいものはないけど 古い灌漑用水路が ずっと続いていて


所々に 畑や村やモスクなんかがある。 


ぺトラは 考えていたより 大きな遺跡だった。 


岩と岩の間の道を通り すきまから 遺跡が見えると 感動。 きてよかった。


洞窟 ローマ式 天空の神殿 夕焼けで赤く染る...早朝の静寂...


紀元前からの メッセージだ。


稀に降る砂漠の雨は 岩をつたい 底部の水路にと続き ため池に集められる。


”若い頃は シャワーの水なんか はじいてたのにねぇ~” というお嬢さん方にも


無駄なんかないと 実感していただきたいものだ。 


petora

 

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