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アムステルダム2.3日目⑥オランダ

4月27日クロネリュデスハイム泊

(4月26日続き)
キャンプに帰る途中道を間違えた。
中央駅からトラムでほんの10分ばかりの所なのに ポニーや鶏等がいる小さな牧場があり ポニーは人馴れし鶏は柵から出たり入ったりしている。 本当にのどかだ。
そろそろ日も落ちてきたので 犬と一緒に土手をあがっていった男に〝おーいキャンプ場はどっち?〟と両手で大きく手を振ると 〝おーいアッチだ〟と両手で大きく手を振って指さした。 どうやら河原沿いを反対に歩いてきたらしい。

キャンプ場の受付にはアフロな黒人がいて客達をさばいていた。
見た目のインパクトと違い〝おい眼鏡(なんか)あったぞ〟と物静かに言い 私は早朝チェックアウトの確認と電車の時刻について聞き 後からインド人の若い男達がやってきて〝キャンプ代を安くしろ〟と交渉を始めた。 

延々とやっているので〝私の方が早かったんだけど〟と言うと インド人はムッとしたが インドだと違う展開のような気がしてインド系なのかもしれない。
アフロは静かに他のスタッフを呼び ようやく私の順番となった。 新たに分かったことは設定金額より多く支払っていた事と明日トラムは走っていないと即答されたことだった。 
最初は動揺したが 3€は諦めて時刻表をプリントアウトしてもらい妥協した。

レストランはちゃんとしている。
テーブルにはキャンドルが灯され ムール貝を食べる家族連れもいるし ロイヤルカラ-のTシャツを着た若いウェイトレスに〝素敵ね〟と声をかけ 馴染み客のおじさんはキッチンから出てきた男と握手し楽しそうに談笑している。
今日はアムステルではなくハイネケンを飲んだ。

インド人達は白人の女達をナンパしてご機嫌だったし 昨日の混雑は何だったのかと思えるくらいキャンプ場は静かだった。 
ところが夜中隣に男達がやってきて 設営と話声が煩くて目が覚めてしまった。(何時やねん)


4月27日

朝また別の男達の話し声で目が覚めた。 時間を見るとまだ4時なのに 昼間と変わらないテンションでアメリカ人達が話している。(何時やねん)
しばらくするとその男達が私のテント前を通っていくのが聞こえたので キャンプ場の羊のマネをして〝メェ-メェ-〟と私が言うと なんだなんだといった感じで通り過ぎ(シメシメ) また続けてやってきたので今度はキャンプ場のアヒルのマネをしたら さすがに反応が早く〝ダック見つけだぞ〟と言ってテントを揺さぶると笑いながら通り過ぎて行った。〝グワッ…グワッグワッ!〟
それから1時間してアラームが鳴ったが必要なかった。

テントをたたみ荷物を背負う。
キャンプ場の門のところまでくると さっき通り過ぎていった青い車の中から白人の若い女達が出てきて 何か言ってきたが聞こえなかったし気味が悪かった。 私は首を横にふると去って行った。
門を出ると橋の下で若い男達が集まっているし道で酒瓶片手に寝ているのも見かけた。 休日のトラムの始発でホームはそこそこ混みあい 電車が入る直前にキャリーケースを引いた大勢の若者達がやってくると我先に乗りこみ暑かった。

ようやく中央駅に着きロッカーに急ぐ。 
実はキャンプ場までの道のりを40kgの大荷物を背負って歩くのはかなり大変だったので 半分の荷物を昨日駅のロッカーに預けておいたのだ。
そうすることによって荷物の負担はかなり軽減されるし 後は荷物を背負ってホームに上がるだけだと考えたからだ。
私の読みは見事にはずれ 心の中で〝嘘だと言って。お願い〟と叫んだのだ。

ポスターの張り紙にこう書いてあった。 <キングスデ-のためロッカーは使用できません。~4月29日7AMまで。> 
〝クインズデーじゃないの? シャッタ-開かないの? 荷物なしでドイツ? 昨日張り紙なんてなかった〟 
動揺は半端なかったし 駅員に聞いても明日の朝開くからと普通になだめられた。

すでにレイルパスに日付を記入してしまった為 このままアムスに留まる訳にはいかない。
考えるだけでゾッとするルートだが行くしかない。
私はテント泊用荷物だけを背負いアムステルダムを発った。

これでベネルクス3国(ルクセンブルグ、ベルギ-、オランダ)は終了です。



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アムステルダム中央駅

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アムステルダム⑤オランダ

(4月26日続き)

明日はクインズデ‐だ。 
正確にはキングスデ‐なのだが 翌日お知らせを見るまで私自身気づかなかったし それだけ人々は愛着をもっているのだろう。 ただ後日キング派にも会っているので また後ほどお楽しみに。

朝から何も食べていなかったので途中ホットドックを買い 大通りまで出てトラムに乗った。 トラムは結構な混み具合で 途中酒臭いフランス人の若い男達が大勢乗ってきて目の前でキスしているのも。

国立ミュージアムの前で降りる。 
アムステルダムのモニュメントで写真を撮ったり上ったりする人達で賑わい そこにハイネケンのキャンギャルがやってきて王冠を配布し 大勢の人達が王冠をかぶり写真を撮って盛り上がっていた。 

私が王冠をしまおうとした時 土産屋で買ってもらったのだろうか 小さな女の子2人がおしゃれな王冠をかぶっているのが見えたので 私はそのまま国立ミュージアムに並んで入った。

もちろん誰も王冠をかぶっていなかった。 
窓口が分からず2回ほど並び どちらの係員とも王冠について話してきたがまずまずの好印象 途中ロイヤルカラ-のネクタイをしたおじいさんとスカーフをしたおばあさんのカップルと対面になり 私が一言マダムに声をかけると マダムはもにゃもにゃと返答しおじいさんにエスコートされ通り過ぎて行った。 マナーとしてどうだったのかわからないが 多分私が王冠をかぶっていたから近づいてきたのだと思う。

〝見ちゃダメよ〟とイギリス英語の母娘が小声でクスクス笑っているのを目にしたが あれだけ広い館内にあれだけ大勢の人がいるにも関わらず 誰も変なアジア人に注目もせず 画に見入っているのだ。 いかにオランダ人が寛容であるかということを知れてよかった。
もちろん画に関して言えば レンブラントやフェルメ-ルなどもあり見応えがある。
出口で搬入用台車に王冠をかぶった男が〝出してくれ〟といってふざけていたが外国人だろう。 

ゴッホ美術館も工事中で大回りし長蛇の列に並び 各国間の何かしらを目にし 相変わらず日本人の女達がぶつかってくる。
ゴッホは何度見てもいい。 サンレミでも貸出でも目にすることがあったし 国立ミュージアムと対比しても興味深かった。 

これで全てのチケットを使い終わった。 とにかくオンラインチケットは使えない。 
ユトレヒトのミッフィ-博 キンデルダイクの風車博 国立 ゴッホのチケットをプリントアウトして持ってきたが そのまま使用することはできない。 
一度チケット売り場に並びチケットに換えてもらってから前売り券の列に並ばなければならないので面倒くさい。 
実際当日券の列か前売り券の列かわからず 誰に聞けばいいのかわからなかったこともあった。 
しかもアムスはどこも混んでいて今日3つまわったが4時間くらいは待ち時間で 事前に検討したアムスカードも行きたい所と金額が見合うかというのも悩みどころで難しい。

ようやくチケットも使いアムスの街を歩くことにした。
酪農国だけあってアイスはおいしい。 ベルギ-だけでなくアムスにもポテトの店が多くありオシャレな男性諸君がデート前の腹ごしらえをしている。 
コロッケ自販機は見つからなかった。 バーも溢れんばかりの盛りあがりで ハイネケンはキャンプ場に戻って飲むことにした。
クインズデ-前日でメインストリートはデコレーションされ華やか 王宮やダム広場は観光客がいっぱいで見るだけにした。

明日は盛り上がるだろう。 
でも王冠をかぶったあたりで満足できたし 昨日のサルサパ-ティ-やアムスの観光客にまじっても楽しめるのか疑問だったし ヨーロッパの祭りには関心がなくなっていたから 明朝アムスを発つことにした。 
残念なことに国立ミュ-ジアムからの写真が残っていない。

(アムステルダム続く)


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クインズデ-前日

アムステルダム(アンネフランクの家)オランダ

4月26日キャンプ延泊

今朝トラム1日乗車券を買い 乗り継いで西教会の近くて降りた。
にわかに信じがたかったが ここからアンネフランクの家まで行列が続いていたのだ。 
世界中から人々がやってくる場所で 入場が限られているのもあって かなり待たされるとは聞いていたがこれほどまでかと正直驚いた。
事前予約は当の昔に売切れで 何週間前に4月26日9時に予約できる人がどのくらいいるのだろう。

最後尾に並んでいる白人夫婦のおばさんに確認し その後ろに並ぶ。 
感じの良いのは最初だけで 冷たい風雨のため 何が気に入らないのか矛先がアジア人の私に向き始めた。
私はただおとなしく待っているだけで そのうち前のおじさんと後ろのおじさんがイギリス人同士ということもあり4人で楽しそうに会話を始めたので お先にどうぞとジェスチャ-すると 後ろのおばさんは〝構わないわよ〟と笑顔で言い 前のおばさんは目を細め睨みつけ ついでに前のおじさんもジッと見下ろしてくる。
どうやら前のカップルは嫌悪的 後ろのカップルは好意的らしい。 

ようやく1時間程で西教会の側面にたどり着いた。 
何が良かったと言えば 雨は仕方ないとしても 横からの風雨がなくなったので温かく感じたことだ。
そのうちアンネフランクの家のWIFIが使えるのがわかり(ここだけ5人でどうのこうの)ネットサーフで時間潰し。
ほっといてくれたらいいのに 前のおばさんのイヤミにお返事し(マギ-スミスに見えてきた) 後ろのおばさんの英語が最初わからなかったので聞き直し返答すると〝その通りだわ〟と言って彼女は目を逸らした。

2時間半ほどで中に入ることができた。
前のおばさんは腕で私を遮ると〝イングリッシュフォ〟といって係員からパンフレットを貰い 前のおじさんはアンネに会えるアンネに会えると言って嘲笑。

私は一歩下がってこう思った。
〝ロンドン塔のナイトツア-とお間違いじゃないのかしら。アレだから困るのよイギリス人は。一度マナーでもお勉強したらいかがかしらねぇ〟

私はカバンを預けるとエントランスのベンチにしばらく座った。 中はあったかいなぁと言って 雰囲気で流し観るだけでは良くないと思えたからだ。
以前カウナスの杉原千畝博物館では生き残ったユダヤ人について知ったが ここでは全く違う生き方について知らなければならないだろう。
どちらとも重い現実であるのは確かであっても こちらの方がより重く感じるはずだ。

入口から居住者の紹介 家の模型で現在地と隠し部屋 それから隠し部屋に入る。
意図して空っぽにしてあるフランク一家の部屋 壁にアンネが張ったプロマイドや雑誌の切り抜きなどから少女というより少し大人っぽさを感じた。 
そこからもう一家族とアンネの初恋の人の部屋に続く。 唯一外を覗えるのは天井の小さな窓だけで その日の天気と隣の教会の鐘の音と鳥くらいのものだっただろう。

徐々に来訪者の心にも何らかの負荷がかかり始める。
その後の居住者の紹介 アウシュビッツの映像 そしてアンネの日記 世界中の本などを順におって目にした。

できれば訪れてほしい。
ここで見たものは400万分の1というアンネフランクの現存する全てであり 私なんかが何か形容するよりも実際に見て感じた方がいいにきまっているし 2.3時間嫌な思いをして待っても それ以上の衝撃を持って出てきたからだ。
もちろんユダヤ教徒でなくてもいい。 私は異教徒で ここにはありとあらゆる宗教の信者が毎日訪れているからだ。(新興宗教は関わりがないので知らない)
もし行けないのなら本を読んでほしい。 もし本を買うことができなければネットを見せてもらえばいい。 

私はしばらく放心状態だった。
アンネの家の前に運河があり観光客がボートに乗ったり写真を撮ったり楽しそうだったし しばらく行くと日本のガイドブックを片手にパンケーキの名店で並ぶ人達も見かけたが そんなことはどうでもいいとさえ思ったほどだ。
残念ながらアンネフランクの家 アンネの日記帳と日記 ミュージアムで撮った写真は一切残っていない。 本当に残念だ。

まだいくつかチケットが残っているので今日いかなければならない。 明日からはドイツだから。


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アンネフランクの家に続く長蛇の列

(アムステルダム続く)

アムステルダム③(オランダ)

(4月25日続く)

ありとあらゆる打開策について検討しなければならない。
この時期宿探しは大変で 手頃な値段の宿といえば満室か価格高騰 あっても評判や立地がよくない。 中心地のホステルも同様で あってもドミがミックス。 マニーかリスクか。(たいそう)

私はある結論に辿りついた。 そうだキャンプ場に行こう! 
こうして私はアムステルダムでテントデビュ-することになったのだ。 久しぶりにウキウキし 日が暮れないうちにキャンプ場に着くよう急いだ。

キンデルダイクを出発し バスを降りる場所を見逃しそうだったので 隣席の中国人の男に聞くとボートで来たと訳の分からない事をいうが ここはロッテルダムだ。  
翌日もアムステルダムで若い女に道を聞いたが どこを歩いているのかわからないといった様子だったし オランダで道をたずねない方がいいらしい。

切符は乗継駅ごとで買い その度に1回100円くらいのエクストラが加算される。 
どうも納得がいかなかったから 昨日ユトレヒトで〝1枚の切符を使い回しできないか?〟と聞いたが〝使い回しはできない。古い方は捨てましょうか?〟と言って新しいキップを出してきた。 
昨日今日でエクストラに1000円以上使っていて 最後に乗った郊外電車で車掌のおばさんに笑顔でこう言われた。〝このキップ使い回しできるからお得よ。(昨日の窓口の会話を話す)そうだと思って言ったのよ。〟
翌日はトラムだった為 オランダで電車の切符を買うことはもうない。

これ以後 迷うことのない駅前に宿をとって滞在日数を減らし レイルパスを使って1日で行ける訪問場所を増やした。
おすすめはしない。(よかったらどうぞ)
バスのドライバ-にキャンプ場の近くで降ろしてほしいと頼んだのにおしゃべりに夢中で  結局通り過ぎてからバスを降り 大荷物で道に迷い橋を渡りキャンプ場まで歩いて戻ってきた。 
強風と夕日が今でも印象に残っている。

フロントはフレンドリーだった。
ところが若い大柄のドイツ人が大勢入ってくるとゴチャゴチャになり 立ち去った後椅子の下にあった妖精の陶器が割れていたのだ。
しかもイスは場所を変え私のカバンも置いていたものだから なんだか気まずい雰囲気になり スタッフは気にしないでと言いながらも顔を引きつらせていた。

キャンプ場は大盛況で 一個分のテントが張れるくらいの場所に人生初のテントを張った。
棒が反対だったから一度やり直し 寝床が確保できたのは9時過ぎで食いっぱくれ レストランでサルサパーティ-が盛大に開催されていたので 一杯やりながらドレッドヘアの黒人の誘いで踊ってみたものの次第にバカにされているのに気づき その様子を見ていた白人の女達も同様だったので 何だかすっかりシラけてしまった。

テントの外は泊り客がのんびりした感じでフラフラし 私はテントに戻り今朝ハーグYHでもらった残りのビスケットを食べた。
思ったよりテントは快適で WIFIでネットや音楽も楽しめるし 何よりも自分だけの空間にホッとできた。 
ドミの気兼ねや南京虫からも解放されたし どの宿よりも格段に安かったので久しぶりに安堵できたのだ。


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キャンプ場の近く

アムステルダム(キンデルダイク)オランダ

(4月25日の続き)

広いキューケンホフ公園のバス乗り場は行き先別で 柵などを使い長い行列にも対応できているはず??
私はライデン行きのバス停で待っていたが 時刻表の出発時間になってもバスが来ないので通りがかりの係員に聞いたがわからないと言われた。

とりあえず発見し並びバスがきた。 
するとさっきから豆を食べながらついてくる日本人女や後方に並んでいた日本人の学生達が我先に乗って行く。 
なんだかんだで小一時間は待っただろう。 午前中のキューケンホフははずしたが 午後からのキンデルダイクにかけることにしよう。

オランダはシーズンまっただ中。 日本の旅行会社のパンフや日本人ツアーバスなんか見てると キンデルダイクも想像できる。
日本の旅行会社のパンフだとこんな感じだろうか??
午前中:キュ-ケンホフ公園*4月○日ご出発のお客様はパレードご参加 午後:キンデルダイク(終日バス移動) 

同じ日本人観光客と言っても 私とは旅のスタイルが全く違うので接点がない。 
違いをあげるとしたらマニ-と日本人の性質が関わってくるだろう。
マニ-に関しては宿や移動方法を見ればわかるし 性質に関してはとにかく日本人はトラブルを嫌う。例え怪我人を見たとしても何もできないと思うからだ。

以前サハラ砂漠に行く日本人ツアーに参加したことがあった。
ツアー中仲良く過ごしても ツア-が終われば滞在ホテルで挨拶しても顔を背けられ 帰国後写真がどうのこうの。
これは一例であり 海外だからといって日本人同士どうということはないのだ。

ロッテルダムで乗継を間違えキュービックハウスの写真を撮り 10人以上聞いてようやくバス停は反対側であることを知り キンデルダイクの一つ手前で降りて少し歩き ようやく到着。 帰りも数回乗り継ぐのかと思うとぞっとする。
切符やチケットに関しても言いたいことはあるが アムスと併せて書くことにしよう。

一体このチケットをどうしたらいいのかという疑問があり 係員に聞くと〝すぐビデオ観れますよ〟と言われた。 
池にはカモ親子が1列になって泳ぎ その先にはたくさんの風車があって 時折ゆっくりまわっている。 
水路に咲く菜の花と一緒に写真を撮り オランダに来たんだなぁと実感。

水路クルーズは乗り遅れてしまったが 歩きながらゆっくり見るのでも良かった。
風車博物館に並び中に入ってみた。 木造の狭小住宅の様に居間や寝室なんかもあるし 今でも本来の風車の役目を果たしている。

とにかく日本人観光客が多く あちらこちらで日本語が飛び交っていた。
風車の中に入るのを待っていた時 前にいた上品な富裕層の母親が〝窓口で何聞いたの? 何でここに並んでいるの?〟とか親しげに聞いてくるので説明し 一旦私は〝ここからの風景もいいですね〟と話かけたが〝そうかしら〟と冷たく言われた。 結局〝お気の毒ね。ふふふ〟が言いたかっただけで 隣にいる大学生くらいの娘は生きてるのか死んでるのかわからない。
ロシア人がトイレの順番をぬかし待てこらお待ちなさいなと取り込んでいる時も 日本人の女が私も私もと言ってくるが もう見ないことにした。

天気が良かったらなぁと思うが まぁ画さえ撮れたからいいだろう。

(アムスに続く)


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キンデルダイクの風車

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