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おきらく48


2019年明けましておめでとうございます。
今年も、皆様にとって良き1年になります様お祈りいたします。

引き続きボチボチとブログアップしつつ(不定期更新)、まずは去年から痛めていた足腰をまず治していこうかと。
すいませんねぇ~いつもの事ながら、ぱっとしなくて。

相変わらずですが、例年通り今年もよろしくお願いします。

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やるっきゃない???

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今年もブログ訪問頂き、ありがとうございました。

例年より少し忙しかったこともあって、更新の方も疎かになりがちだったのにも関わらず 日々訪れて頂いて恐縮しています。
更新はできなくても、皆様の日常を垣間見 色々な世界を知り、日々楽しみにしておりました。

それに比べて、私が更新するブログの内容は ご存じのように自慢出来る様なものではありません。
ただただ、ありのままをご覧いただくしかありません。(爆)

抱負的なものとしては、今回とは真逆の旅を来年あたりできたらなと考えてます。 もちろん貧民旅行です。(涙)
今回の旅はしばらく続くでしょうし、その間にでも次回旅を差し込むことにいたしましょうか。(適当)
またその時期になりましたら、お知らせさせて頂きます。

今年も終わりとなり、一年どうもありがとうございました。
来年も皆様にとって良い年になります様、お祈りしております。
どうぞ、良いお年をお迎えくださいませ。

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終わったぁ~!

5月30日

乗換を2回した様だが、どの駅だったのか全く覚えていない。
オスロまで車窓の風景を楽しんだというより 切符がいつ買えるのか気になっていたから そんなのはどうでもよかった。
多分オスロ到着の電車で 買えたのではなかったかと思う。 車内の混雑と疲労感をなんとなく覚えている。 
車掌に「どこから?なんでラウル鉄道で買わなかった。」と鬱陶しそうに言われたが、アンダルスネスからの経緯を(昨日も駅に買いに行ったのも。)、長々と説明した。

いつもと違って朝から駅員達は親切だったし、オスロまでゆったり過ごせるといった車内の雰囲気の中、鉄道会社間の擦り付け合いに 意味も分からず巻き込まれているのは アジア人くらいのもので、ほんまに大概にしとけよと思った。
罰金はなかったが高かった。

フロム鉄道(過去の記事)以来、久しぶりに電車に乗った。
アンダルスネスを出発し ラウル渓谷の風景をしばし眺め そのうち天気が悪くなってきた。
ドンバスからリレハンメルの間の合流地点らしき駅で 乗り換えなければならなかった。
オスロ行のホームに着くと、大勢の人で溢れかえっているのが見えた。

24時間以上移動してきたデンマークの鉄道でも、ケーブルが切れたとかで その日2回ほど電車を降り、小一時間雨風で(2度)電車を待ったこともあった。
ネパールでも、土砂ぶりのぬかるんだ道を 数日トレッキングしたこともある。
それでもデンマークの駅のホームには屋根がついていたし、土砂降りもエベレスト街道だった。
ここには屋根もなければ、春雨といっても北極圏に近いので 雨は冷たい。

良く見ると、ほとんどがアウトドアのアウターにバックパック姿の学生の団体だった。
遠足か合宿のオスロ戻りと考えるのが普通で、同じ電車に乗るのかと思うと 嫌な予感しかしない。
そこにアンダルスネスの宿で一緒だった尾崎(似の韓国人の青年)が、タウン着とキャリーケースでずぶ濡れになりながら、肩をすぼめ寒そうに立っていた。
私が彼を見かけたのは、それが最後だった。
行く先々、宿前でバスから降ろしてもらっているラッキーボーイ尾崎だけに、このままオスロ空港に行くのだろう。(知らんけど。)

電車が来ると案の定席の取りあいで、しかも一つの団体が一車両分を埋めていた。
とにかく荷物の場所は確保し、その前の席(窓側)が奇跡的に空いていた。
しかし喜ぶのはまだ早い。

ウィーンからザルツまでの電車でも 荷物置きの前の席だったが、その後席を数回変わらされ ザルツでは父の遺品のカメラと一か月分の旅の写真全てを スペイン人に盗まれた。
つい最近でも、ヘレシルトから乗ったフェリーは眺めの良い席だったが、ガイランゲルに近づくと大勢の人が遮り何も見えなかったし 荷物にくくりつけていた袋を破かれていた。
ガイランゲルを見渡すキャンプ場では、テントからフィヨルドが全く見えなかったので 何しにいったのか分からない。
しかもドイツでは連日何かしらあり、ひとつずつを書いていったら 年を越してしまうだろう。
とにかく私のビックデータには、ロクなものがない。

ここまでくれば、40キロ以上ある大荷物 盗めるものなら盗んでみろと言いたいところだが、そんな大荷物の出し入れも目立たないであろう空港駅を通るというから 無きにしも非ずだ。

こんなつまらない電車に乗り合わせたおかげで、私は席に着くと 土砂降りの後始末 遅めの昼食(オーストリアの車内販売持ってこなかったことがあった。) 念のため席開けろと言われた時の車内移動準備 オスロに到着した時の下調べ 大荷物を盗まれたときの確認などなどで忙しかった。

そんなことをしているのは私くらいのもので、車内中ほけーっとしていたが 隣に座っていたニキビのジャージ少年だけは、イチイチ通路に立って紳士的に通してくれた。
「ジャージすまんな。ジャージかまへん?」と日本語で声掛けはしていたが、ようやく落ち着いた頃になってから ジャージがかなり具合悪そうなのに気がついた。
私は遅めの昼食で「一つ(強調)、どっちか。」と言ってパンの袋を差し出したら、ジャージは力なく首をふった。
元気がないと腹がへっていると思うのは安直かなと思っていると、力なくジャージは立ち上がり 頭上の棚のバックパックからビニール袋を出して、おいしそうなチーズパンを食べ始めた。(あぁ。)

オスロ空港駅でどっと人が降りていったのに、私の車両だけは誰もおりなかった。
嫌な予感がして、前もって降口で30分ほど待っていた。
オスロ中央に到着して、学生団体引率のおばさんが忘れ物したのか 出入口にカバンを置いたままで 降りることができなくなり、その後も団体の引率らしき人達もそのまま出入りを繰り返しているので ますます降りられなくなった。
こっちは40キロ以上の大荷物を背負ったままで待つしかないが、彼らの性分を見ていれば 一生やっとけとしか思いようがない。
学生達もどこからか降り 引率も何も言わずに降り 車両に誰もいなくなってから 私はようやく降りることができて、小一時間、降口でくだらない時間を潰した。
嫌なら最初から同じ車両に乗らなければいいと、今ではそう思う。

9時前にアンダルスネスの宿を出発して 時刻表では15時3分到着予定の電車で 遅れて私はオスロ中央駅に到着し、何時だったかは今さらどうでもいい。

***
今年最後のブログなので、少しあとがきでも書きましょうか。
あの大荷物ですが、当初50kg近くあったのではないかなと思います。
旅半ばにして10kgほど減らすことができましたが、私は6月28日帰国便まで 荷物を増やすことなく背負い続けました。

今後欧州に二度と行くこともなければ 40キロ以上の荷物を背負って旅することも、絶対ないと断言できます。
日々背負っていないこともありますし、年々体力の衰えもあります。
例えば去年できた事ですら 1年経ってからできない事が増えたと実感しているのだから、来年以降もっと体力気力的に無理でしょう。

2か月半の旅に持っていった荷物は、無駄なものはなく今でも必要なものだったと思っています。
今後は、旅をやめることも 荷物を降ろすこともなく、工夫しつつ もっと減らしていきます。10kgいや20kg減らし続けることは可能でしょう。
そういった旅のあり方を、今後ブログでご紹介できればいいなと思っています。

ノルウェーのスタバンゲルを出発し オスロに戻ってきたので、ノルウェー南部編はこれで終了です。
今年も一年ありがとうございました。
年明けからは、オスロから国内線で謎地に行きますので 引き続きよろしくお願いします。


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メリークリスマス。


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5月30日

Q.ここで問題です。
自宅からリスボンまたはアテネもしくはマラケッシュまで、行ってください。
但し、飛行機と客船ツアーは絶対除きます。
ヒント:ユーラシア大陸横断

A. オーケーオーケー。イエスイエス。

私が今回の旅で購入した本は、ガイドブックとヨーロッパ鉄道時刻表です。
ガイドブックについてはご存じかと思いますが、時刻表についてはご存じない方も多いかと思います。
往年のバックパッカーならトーマスクックでしょとか言いそうですが、それも最近は鉄道と言うよりはLCCのイメージの方が強いかと思います。

時代の波は否応なく押し寄せるもので、世界で有名な鉄道時刻表ですら休刊した為に 私はしばらく待ってから入手しました。
ただ欧州旅の計画はかなり前から練っていたのと、次号が発刊されるかどうかは定かでなかったので、旅行する段になって時刻表の有効期限がきれていたのは仕方ありません。
最近は少し盛り返したのか定期的発行している様で、どこかの国の小さな出版社の奮闘を勝手に想像してしまいます。(レンガ造りの雑居ビル、山積みの資料、2台の電話応対のイメージ。)

ここまで言ってなんですが、DBサイトでも十分時刻表は網羅していますし、もちろんノルウェーも然りです。
ただ、ネットは○⇒○⇒○といった順序だてた検索は得意であっても、シナプスの様に枝分かれしていく広がりはイメージしにくいものです。

そこで、最初に書いた質問に戻ります。
ヒントは欧州時刻表の事で、そこに私の乏しい知識と経験をざっと付け加えて 答えが導き出された訳ですが、私的にはもっと行けるでしょ(笑)とも思います。

折角なので、便利な路線オスロ~トロンハイムをご紹介いたしましょう。(俄か。)
オスロ~リレハンメル~ドンバス~トロンハイムまでの内陸を走ります。
オスロ空港駅もこの路線で、わざわざオスロ市内まで行く手間が省けるので、前泊分得するかもしれません。
レアなルートですが、リレハンメルからフロムまでバスがあるので そこから南部のフィヨルドめぐりに行くことも可能です。(⇒過去のフロム記事。)

ドンバスはラウル鉄道の乗継駅で、終点駅アンダルスネスからオーレスンまで バスで行くことができます。
トロンハイムは沿岸の大きな街で、そこからスウェーデン行やボードー行に乗換えることができ、さらにボードーから船でロフォーテン諸島にも行けます。
ついでにボードーはオスロ路線の終点ですが、私が利用したナルヴィック駅がノルウェー最北駅になります。

ざっと全体像についてお話ししたので、本題に戻りましょう。
私は、アンダルスネスからラウル鉄道でドンバスまで行き、国鉄に乗換えてオスロまで行きます。

駅に到着して、ホームにいる駅員に切符を売ってくれるようにお願いした。
「後でいいから、乗って。」と微笑みかけてきますが、私としては早めに切符を持っておきたい。 なぜなら無賃乗車の罰金は万国共通だからね。(汗)
それなら伝家の宝刀「ユーレイルパス使えますか?」と聞くと、「レイルパス持っているのですね。」って。どうも切符を売る気配がしない。(大汗)

結局切符の事を考えながら絶景を見て、車両に駅員が入って来るたび「切符、切符。」と原始的に中腰で言い続けた。(笑)
駅員は「オッタで乗り換えてね。」と言ったが、サイトでも冊子でも 手前のドンバス乗換になっていたので、よく分からなくなってきた。

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ドンバス駅通過(知らんけど。)
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5月30日

お久しぶりです。皆さんいかがお過ごしですか?
1年早いもので、あっという間に師走になっていました。
私の旅も、年内中にオスロに到着する事でしょう。(遠い目)

アンダルスネスユースのドミは静かだった。
夜半に誰もチェックインして来なかったからで、転落防止用の椅子の確保や 無理くり詰め込んだ鍵付ロッカーなんかは、結局何の役にも立たなかった。
当ては外れて拍子抜けしたが、それでも何もない事に安堵した。

大概当てとは逆作用するもので、油断していたら えらい目に合うものだ。
夜半にやってきた迷惑な輩とのイスの取りあい 服やタオルを落とされたり カバンにゴミが入っていたり 何ならベッドまで取られていることもある。
ドミに全く信頼はないし、ついでに宿も信用していない。

キッチンに行くと、韓国人の尾崎豊(似の若者)が 垂れた前髪の隙間から流し目でチラッと、お互い目があって会釈した。 まるでLPジャケットの様だ。
彼はジャンパーにパジャマのズボン姿で、パックサラダの蓋をバリバリと開けていた。 こちらの方は、あんまりアルバムジャケットではお目にかかれない仕様。

尾崎とは、フロムを発ってからちょくちょく出くわしているから 一言二言話しても良さそうなものだったが、私の経験体験がそれを許さなかった。
色々な所を旅していると、小一時間程話をし 旅程や宿を聞きだし その後行った先で全くロクな事がないという毎度おなじみのパタンを、嫌と言うほどあじわっている。
大概それで連中はいなくなるので、ヘレシルトあたりで尾崎と話をしていたら こう何度も出会っていなかったかもしれない。
もっと恐ろしいのは、一緒にまわるという地獄。
楽しいはずの観光も、徐々に私だけ不利な展開になり 途中泣きそうになりながら、日の終わりには不可解な理由で、相手がブチ切れるか 私が怒るかして終了。
翌日、宿や外で会っても話すどころか お互い無視してやり過ごすという展開。
とにかく尾崎とさえ話をしなければ、無事に平穏にオスロに着くのですっ!!

私は奥に行き、コーヒーの湯を沸かした。
ノルウェーのコーヒー(ドリップ)と板チョコの組み合わせは最高で、この頃には朝の定番となっていた。
貧乏旅行者のひと時の贅沢である。

私は荷物をまとめ 受付のバスケットに鍵を返して、チェックアウトした。
ユース前にバスが停まるので、しばらく待ちながら 草原のタンポポの絨毯やラウルの遠景などを眺めていた。
時刻表よりも早く出てきて 車の往来もかなりあったので、ヒッチした。
まぁ案の定一台もとまりませんでしたが。
ノルウェー国内でやっていた者もいたけど、イリーガルな場合もあったりするので 事前確認はお願いします。

少し遅れてから 昨日と同じ長距離バスがやって来て、駅まで乗った。
昨日のユース宿泊者全員(尾崎とアメリカ人カップル)が、すでに駅にいたので驚いた。
あれっ?私がチェックアウトした時に 受付のバスケットに鍵がなかったから、彼らは後からタクシーで来たのかもしれない。
というか、行く先々宿前でバスから降ろしてもらっている尾崎なので、アメリカ人のタクシーに同乗したんじゃね。
どこまでラッキーボーイやねんと思った。(知らんけど。)


anduls oslo1
だから、電車代なんぼやねんって。(未だ不明。)

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